2005年09月27日

斜に構えて愛国心

宮城スタジアムに響いた「君が代」の大合唱に私が貴重なコメントを書いた(笑。詳しい顛末はそちらを見ていただくことにして、せっかくなんでこちらの陣地でもさらに話題を広げてみよう。

〔エビ〕
>こうした情景というのは、偏狭なナショナリズムの高揚でもなければ、残念ながら純粋で健全な愛国心の発露でもない。

エビさん、まあ、そんなに斜に構えないで下さいな(笑)
私は「純粋な愛国心」だと思いますよ。「単純なノリ」そのものが日本流の愛国心ですよ。
現代の日本は、一神教を戴く単一民族や、共産主義という新しい形の宗教を持つ国のようにナショナリズムは育たないと思っています。強い民族主義的な感情は、日本には本来存在しなかったのではないかと思っています。だから、patriotismは、民族、国によってその定義(それ自体が無理だと思うのですが)はかなり異なると思います。しかも、心情・情緒的言語であって、決して政治的言語ではないと私は思っています。
だから、日本の愛国心はより情緒的な感情、つまり望郷心、仲間意識に近い緩やかな感情だと思うのですよ。お国自慢にも似た、日本の風土や文化を愛するという気持ちが愛国心だと思います。そういう意味で、同じ仲間意識を共有する場が提供されたのでその気持ちの発露として歌を唄っただけ。そういう意味ではあなたと同じベクトルにはなりませんかねえ??私もこれが国粋主義的なナショナリズムに変化でもしたら危険だと思いますから・・・。
Bach@管理者

まず最も基本的な部分。内面と外面の問題。愛国心は、もっと正確に言えば、自分の所属する国家や国民を大切に思うだとか愛するだとかは内面の問題。国旗・国歌に対してどういった態度を取るかはあくまで外面の問題だ。そこで、二者の因果関係を考えるに、それは必ず前者から後者へ関係、影響しなければならない。お分かりだろうか?これは単なる論理的な問題だ。要は国旗・国歌をモノとして愛でる事がすなわち愛国になるのではないということ。あくまで内面の充溢としての外面への表出だということ。ただし、そこにもさらに問題があって、愛国心の表出として国旗・国歌に対してある定型の態度をとる事を、よしとしない、あるいはそぐわないと感じる場合もあり得ることを付け加えておく(が、これには今はこれ以上立ち入らない。私などはこの手合いだ)。

Bach氏は、私エビの指摘した「「単なる同調、場の盛り上がりのノリ」そのものが日本流の愛国心」だ言い、且つそれは「純粋な愛国心」だとする。

いや、違う。それだと単に酒場やクラブやお祭りやパラパラやノマノマ(ウゼ!)で場が盛り上がるような、いつどこでも起こりそうなことと同列の事象になる。そこに国旗・国歌があれば即愛国心の発露なのか??もしそれをそうだと認めるのであれば、前述の因果関係逆立ちによる誤謬(外面→内面)に該当する。


さて、Bach氏の上のコメントには愛国心、ナショナリズム、パトリオティズム、民族主義的な感情…と出てきますが、私にはややそれらの違いが読み取れない。

ちょっと整理してみましょー。

ナショナリズムとは、国民(ネーション)の維持発展を目指す。国家形態が国民国家(ネーション・ステイト)、つまり国民=国家(国家はまさに国民のもの)であると思えるような形にまで発展していないと発生しない。国民主義、国民意識の訳が妥当かと。ナショナリズム=排外主義の通俗的な、なんとなくの理解は、おそらく日本の政治的センスの後進性の表れでしょう。

…だから「民族主義的な感情」とおっしゃったものがナショナリズムのことだとすれば、日本に限らずどこの国や地域でも「本来(とは近代以前にはという意)存在しなかった」わけです。

パトリオティズムとは、元来は愛郷心、郷土愛のこと。国民意識が芽生え、国土=郷土と思えるようになる(これ自体がナショナリズムのなせる業)と、さらに愛国心、愛国主義と融合する(と私は理解する)。愛国主義と訳されることが多い。

愛国心は、基本的に上の二つに分類されると思う。とゆーか、区別しないと議論上大変困る。「愛クニ(国or郷)心」と私には見えてしまうからだ。だから使わないんだけど。んで私は愛国心のスタンダードはナショナリズムだと理解している。

序に言うと、ナショナリズムは民族主義的な部分も確かにあるのだが、原理的にはそれぞれの民族や人種、それぞれの郷土や文化・習俗をある意味で止揚したところに生まれるのであって、だからこそ地球上のどこへでも伝播する力を持った。これが一つの国民としての(民族ではなく)統合です。同じ民族なら統合する必要がそもそも、ない。

でも、おっしゃるように民族や文化の固有性を情緒的に人々に訴える、言い換えれば人々にパトリやエスノを通して訴えるのはナショナリズムの特色でもあり、これは日本固有の側面では全然なく、ナショナリズムの形式的普遍性なのです(cfベネディクト・アンダーソン)。


…で、本題だが、国旗・国歌は国民統合の象徴だ。国家=国民であることのシンボルだ。なのに、そんな意識とは全く無関係な「単なる同調、場の盛り上がりのノリ」の上に、ナショナルな国旗・国歌だけが下賜され、それに合わせて単に決まりきった同じ行動を取っていることを、愛国心の表れなどとどうして言えようか??むしろ後進性の表れに私には映る。

逆なのだ。この国家はまさに我々国民の生み出した(正確に言うと契約した)国家であり、故に参加するし、故にその命令を守り、故にそれに対して責任を持ち、故に愛する。故にその象徴であるところのものに対して敬意を表するのであって。この理路が近代国家のスタンダードだ。そういう理路が当たり前になる前提が弱いならば、その分だけ政治的に後進国だという証左だ(つまりマッカーサーにミソクソに言われて以来進歩なしということ(笑)。


ちなみに、このことから、例えば私は教育現場での国旗・国歌の強制には反対なのだ。なんでって、強制されたって愛国心の涵養そのものとは何の関係もねーし。特定の心情や歴史を持った人に不条理な記憶を残すだけでしょ。


※どなたでもコメント歓迎ですが、そのレベル如何によっては無視、最悪は記事のネタになります(笑。


参照 普通の国になります!誰でも語れる愛国心
posted by 日本海式エビ固め at 00:00| 天津 | Comment(10) | TrackBack(2) | 雑考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
う〜んTBありがとうございます。
読んだ限りなぜTBされたのかよくわかりませんが・・・

>強制されたって愛国心の涵養そのものとは何の関係もねーし

確かにその通りだと思います。
教育に・・・
やめておきます。まだ結論へ到達できていないので。自分なりに結論がでたらコメント考えます。
Posted by 梟の目 at 2005年09月27日 01:55
それは失礼しました。

愛国心という語の考察、国家と国民との諸関係、それから国歌などに言及されておりましたので、単にそれだけの理由でTBしました。

本記事は他サイトからの話ですので、貴サイトへは直接関係するわけでは勿論ないです。
Posted by エビ at 2005年09月27日 02:09
了解しました。
幾らか共鳴する部分でもあるのかと思っただけにちょっと残念ですが。

愛国心を調べる際にこちらの「誰でも語れる愛国心」を読んだりもしたので、びっくりしました。
ナショナリズムとパトリオティズムとの違いについては勉強になり、結論への足がかりになりそうです。
本当にたどり着けるかわかりませんが。
Posted by 梟の目 at 2005年09月27日 02:22
エビさんへ
 はい、お名指しの、マナ板の上に乗せられているBachです(^_^)v!
しばらく私の土俵に上がって頂きましたので、感謝を込めてあなたのBlogへお邪魔致しました。歓迎して下さるでしょうか?
それはそうと、「斜に構えて愛国心」ってなかなか良いタイトルですね!その表題に尽力できたことは嬉しい限りです。
 さて、話しを進める前にエビさんにお尋ねしたいことがあります。そのご返事を頂いてから本論なりへと進もうと考えておりますが・・・。
 まず、あなたのこのテーマ設定の意図についてです。これは議論を深めて真理なりに到達するための場とお考えなのでしょうか?それともディベートとして私を打ち負かすことが目的なのでしょうか?
 ディベートでは常に真理に到達できるとは考えられません。自分に有利な材料を探し、相手の揚げ足をとり、論理を打ち負かしてフラストレーションを満足させるただのゲーム(まさに非生産的な団体交渉に似ている!)ですから。
私は正直、貪欲に”本当の事”が学びたいのです。社会科学か人文科学かすらその区分がよく分からない程度の自然科学ボケの頭です。ソロンの言う「無知の知」が座右の銘ですから、知らないことが一杯あることが逆に嬉しい!だって、知る喜びが多くあるのですから、っと脳天気に、しかし、真摯にお尋ねします。
Posted by Bach at 2005年09月29日 16:04
>テーマ設定の意図について

ナショナリズムについて言うと、これはM大学在学中からの私の研究テーマです。歴史学科の卒論としても出しました。卒業後も関心を持って様々な書物を読んでおります。

>これは議論を深めて真理なりに到達するための場とお考えなのでしょうか?それともディベートとして私を打ち負かすことが目的なのでしょうか?

要するに関心のあるテーマだからです。意外と検索かけてもまともな(というのは「学術的に」という意味ですが)認識をお持ちで、その上で愛国心なりを論じてらっしゃる方が、学者を別にすれば、少ないなー、との感想を持ったので、イロハのイと言いますか、自らの意見を開陳する前提として不可欠な知識を記事で公に書いて、検索の際引っかかるようにしておくことは、決して意味のないことではないと思いました。
ブログに限らず、ネットに何かを公表するという行為は、ある意味で誰かに「ネタ」にされる可能性は自動的に前提となるわけで、別にあなたを打ち負かしたいとか、どうしてやろうみたいな意識はございません。また、真理に到達しようなどとも思っておりません。

私の意図は、前提を提供すること。愛国心やナショナリズムに関心がある人の、一助になることです。その際、一般的な認識を批判する(非難ではなく学術的な考察の意)ために、公にされているあなたの記事を「ネタ」にしたということになりましょうか。

無知の知はソクラテスですよね。ソロンは財産政治の改革を断行したアテネの政治家。それともソクラテスはソロンから思想的に影響受けてるんですか?
Posted by エビ at 2005年09月29日 18:22
エビさん、早速の真摯なご返事に心より感謝致します!有り難うございます。
さっそく質問をとも思いましたが、逆にソロンについて質問されてしまいました!
ソロンは、生涯の間にエジプトの神官から高度な文明が彼の地に存在したことを聞かされます。その話をソクラテスにする中で神官の言った「無知の知」を彼に伝えたと記憶しております。私は七賢人の一人としてソロンと記憶していますが、記憶違いだったら申し訳ないです。アトランティスの話しを伝えた時だったと思います。つまり、ソクラテスがそう聞いたというのが本当のようですよ。多くの方が勘違いをされていますが・・・。
何しろ私の本棚には自然科学関係はあってもその手の本はとんとないものですから確認が・・・。お恥ずかしい限りです。
本来の私の疑問はまたの日に致します。ゴメンナサイ。
Posted by Bach at 2005年09月29日 22:16
ほー。ソロンにはそういう話もあるんですね。無知の知は100%ソクラテスの発送だと思ってました。私の本棚にはそれこそ、人文や社会の本しかありませんので、暇なときに調べて見ます。ありがとうございましたー。

コメントや質問、それから意見・批判等々、私はいつでも大歓迎です。政治的に相反する立場でも拒否したり、削除したりはしませんので。

次は、通俗的なナショナリズム言説、それから右翼左翼の定義関連の記事を書ければ書きたいなと思ってます。よろしく。
Posted by エビ at 2005年09月30日 00:06
大至急、大至急、エビさんへお詫びです!

 「無知の知」はソクラテスです。ソロンではありません!
 あれから、まさか間違ってないだろうなと記憶をたよりに、ネットをたよりに念のために調べました。すると私の大変なミスだということに気付きました。
 一時期、アトランティスやムー、レムリアなどの伝説大陸を調べたのがこの勘違いの発端でした。(冷や汗!)
以下、簡単に書きます。

@プラトンの『ソクラテスの弁明』中に問答法のソクラテスの「無知の知」が紹介されている。
Aプラトンの『ティマイオス』にアトランティス大陸が紹介されている。
B 続編の『クリティアス』でさらに説明が続くがなぜか中断している。

 私は、書物に最初に言及したのがプラトンなので、アトランティス大陸はプラトンの創作だと思っていた。
すると、この話しのネタが、実はソロンがエジプトの神官から聞いた話だと分かる。

 私が偉そうに「多くの人が勘違いしているんですよね」と言ったのは、「アトランティス伝説の発端がプラトンではなくソロンだった」ということでした。
 ここで、私の記憶がショートして、アトランティスについての流れが、「無知の知」にまで及び、ソロンが発端だと勘違いしてしまったというお粗末な顛末でした!とんでもない間違いです。申し訳ない!
でも、チョット調べて、間違いだと分かって良かった!!
調べなければ、私はずっと断層が起きた記憶違いを言い続け、信じ続けるでしょうから。
まさか、これを調べるためにエビさんの時間を無駄に使わせたのではないかと気になって、大急ぎでコメントしました。
一時の恥でも、訂正しておかなければ!
これこそ「Bachの弁明」ですね(*^_^*)。
Posted by Bach at 2005年09月30日 17:32
お久し振りです。Bachです。ひょんな所でソロンが顔を出していましたのでお知らせまで。私の記憶もこの方と同じだったとちょっと安心。でも真実かどうかは分かりませんが。
http://osaka.cool.ne.jp/philosophie/index_words.html
Posted by Bach at 2006年01月23日 23:02
あーご苦労様です。

でも「汝自身を知れ」と「無知の知」とは一応別の言葉ではありますね。
Posted by エビ at 2006年01月24日 00:37
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