2005年04月27日

〈我々〉に回収され尽くすA

「夢をありがとう」「感動を与えてくれてありがとう」系の言説。

オリンピックをはじめとするスポーツ競技から、CMでの映画の数秒コメント、最近では巷でデカく掲げられてたりする市町村の市民の標語やキャッチコピーなんかでも、目や耳に入ってきますね。

でもスポーツ見て、最終的に出てきた言葉が「ありがとう」っておかしくないか? 

例えばオリンピックを見て、そこから受け取った「夢」って一体どんな夢ですか?

代表になるようなアスリートは、それぞれの競技で表現できるまでには、天賦の才にそれこそ努力に努力を重ねており、我々が目にするのは、砂の山の頂点の砂の粒一粒のようなもの。その頂点を表現するために、それを支える無数の努力の砂粒がある。我々はそれを直接見たり経験したりすることはできない。
posted by 日本海式エビ固め at 02:07| 天津 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「天賦の才にそれこそ努力に努力を重ねており、我々が目にするのは、砂の山の頂点の砂の粒一粒のようなもの。その頂点を表現するために、それを支える無数の努力の砂粒がある。我々はそれを直接見たり経験したりすることはできない」byエビ

まさにこれだと思うのね。
この部分に至るまでの想像力が見る側に
あるから感動もし、経験はなくてもとても
良いものを見せてもらったと素直に思えて
「ありがとう」になるのだと思う。

スポーツにもよるのかも知れないけれど、
その勝ち方、負け方は単に勝負上での判断
だけではなく人の人生に重ね合わせてしまい、
通じるもの感じるものの共有があるのかなと
思う。

ある晴れ舞台においてそこで活躍できる人は
極一部の者に過ぎなくて、そのような場で
プレッシャーに勝ち良い結果を出せる人は
更に少なく尊敬にも値するかもしれない。
例えそこで納得する結果が出せなくても、
次に向けて進もうとうする精神力はそれもまた
素晴らしく見る側が教えられる事も多い。
晴れ舞台に上がれる人もそうではない人も
見ていて教えられる事はやっぱり多い。

ぐふふん!来月トラック競技見に行くの。
差し入れ持ってるんるんるん!
ふりふり日傘でるんるんるん!
Posted by マダム at 2005年04月27日 08:25
最近ですね、昔と違って長文書けないんですよ。本来ならば主義主張を全部まとめてアップするべきなんですが、小出しにしてるために伝わりにくくなってます。

要はまだ続きがあるので、そちらのほうをレスだと思って下さい。整理してから後ほどアップします。
Posted by エビ at 2005年04月27日 18:30
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