2006年07月30日

片岡安祐美選手のおかげ

このブログでは、ゴールデンゴールズの片岡安祐美選手の名前を、無関係に記事タイトルにした過去がある。

タイトルを考えるのは面倒くさい。なのでいつも適当につける。

「片岡安祐美選手の写真集妄想予約済」なんて、脳内妄想の思い付きをタイトルにするから、これただの書評記事なんですけど、なぜかアクセス数が多い。


なので今日は彼女の画像でも貼って少しでも罪滅ぼしをしようと。こういう趣向で。

まずは高校時代のものかな。

kataoka.jpg

めんこいの〜〜。あの〜、すごく、こう琴線に触れてくるんだなあ。


で入団後のもの。

1db6f7ec.jpg

体のバランス、ユニフォームの着こなし共にバッチリ。


0617813f.jpg

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なんですか、このほとばしるキュートさは。エロカワ(?なんか吹っ飛びますね。


goldengolds20.jpg

goldengolds20.jpg

愛想もよろしいようで。


img_55675_16873069_7.jpg

野球帽がこんなに似合うなんて…。

ああ〜〜、見つめすぎて気を失うところでした…。


…なんか、アニメ級ですよね。キュートさとユニフォームの似合い具合が。

んで実際に選手だという…

お前は、マンガかと。…イヤ、もっとやさしく言おう。


「キミは、アニメかな?」 ……ネ、頭オカシイでしょ?

あ〜あ。



最後に似顔絵でも。

kataoka1.jpg

よく描けてますね。

…最近やや頬の部分がシャープに(大人に?)なったようで。

ややぷっくり目希望で。


ただただひたすら、かわいいままで夢を実現して下さいと、そう願うばかりです。


その他、没頭できる画像
http://blogs.yahoo.co.jp/toki_hp2004/folder/55675.html?m=lc&p=2

http://blogs.yahoo.co.jp/akasakafo/folder/1349608.html
posted by 日本海式エビ固め at 21:58| 天津 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月23日

パトリ!久しぶり!

与党による教育基本法改正の動きあり、再び愛国心論議の高まりつつある中、議論がまたも振出からになってしまわないための、メモ。


「確かに偏狭な国家主義(またはナショナリズム)はダメだが…」、と言うことによってあたかも純粋に健全な国家主義(またはナショナリズム)が実在するかのような言い方をする奴がいる。

何度も言うが、ナショナリズムは良くも悪くもナショナリズムである。それ以上でも以下でもない。


また一方では、「ナショナリズムはダメだが、パトリオティズムはイイのだ」という向きも最近見られる。

こうした混乱も、その原因は「愛国心」という語の曖昧さにある。


ナショナリズムnationalismとは、語義を優先させれば(nationとは第一義的には国民なので)正しくは国民主義である。

だから当然これは近代以後にのみ可能な思考だ。(←この意味が分からなければあなたはもっと勉強しなきゃならん)

ナショナリズムがダメだと言いたくなるのは、最も想起されやすい国家主義という訳が背負っている歴史性だろう。

パトリオティズムpatriotism(音的にはペイトリオティズムのほうが近い)とは、これも語義から言えばpatri、すなわち「郷土、ふるさと」に対する愛情と言える。

藤原正彦はこれは「祖国愛」とするがパトリオティズムという語自体にその対象範囲を国土に限定する必然性がないと思われるので、訳として「国」の字の使用は避けねばならないと私は思っている。「愛郷心」が最も適切だろう。

大体数学者が片手間に国家について書いた本をありがたがる民度を疑う。

パトリオティズムが、その意味において「祖国愛」へと国民国家の範囲に拡大、スライドして何の疑いを持たれないこと自体が、その国家が近代化を遂げたことの証左である。このプロセスはナショナリズムの勃興、またはその介在無くしてはありえず、国民化などと言われる。


大方の素朴な方々は、このパトリオティズムや愛郷心の意味や感覚でもって、無邪気に「愛国心」と使ってしまう。

それゆえ「私の言う愛国心は国家主義(ナショナリズム)ではない!」となるのだ。


伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。(教育基本法改正案より)

「我が国と郷土を愛する」ネ〜〜。

自称愛国者の皆さんに注意申し上げたいのは、「郷土を愛する」の部分ですでにパトリオティズムについては十分書かれている。

とすれば「我が国」とは何なのかをお考え頂きたい。

既出なので少なくとも郷土、ふるさとの意味ではない。では国家のことなのか、あるいは政府のことなのか、または国体のことなのか。

上のいずれかなのであれば、なぜ明確に書かないのか。法律なのに。

私は、これこそ各人の多様なパトリへの感情やエネルギーを、政治権力へと一元的にスライドさせるためのレトリック、そういうレトリックとして機能してしまう危険性があるんだと言いたい。


それほど「国(クニ)」は取り扱い注意の語なのです。


参照
パトリオティズムとナショナリズムの愛国心1:人類の集団社会の歴史的変遷
我が「愛国論」と、そのベースとしての「民族論」
posted by 日本海式エビ固め at 00:52| 天津 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

メモリアルキャンドル点火

職場の人の披露宴に出席した。


披露宴のデメリット。

・オヤジが自己満足のカラオケを歌う

・全身たばこ臭くなる

・入りたくもない記念写真を強制される

・余興が死ぬほどワンパターン(余興とか要らないから早く終わろう)

・なぜか高額取られる(明らかに割りに合わない)


メリット…なし。


一体アレは誰がやりたくてやってるんでしょうか?

要は、俺たち二人を祝えつーことでしょ?

新郎新婦もやりたくないことをやらされ、ひやかされ、何度も着替えさせられ、カネは取られる。


謎ですねー。スナックと同様、その存在が謎。
posted by 日本海式エビ固め at 13:43| 天津 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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